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教育論ではありません。
ゆずのいないゆず家、ムスメ大奮闘の話です。


去年は関東や東北に出かけたり
病院に閉じ込められたりと
なにかと家を空けることが多かったゆず。
ゆずのいないゆず家は
当然ながらダンナさまとムスメの2人暮らし。
食事の支度はムスメの担当となります。

とはいっても(かなりブラックな)某金融機関の
営業職のムスメ。
帰りはダンナさまより遅く、
猛暑・厳寒の中の外回りですから
クタクタに疲れての帰宅です。

かろうじて晩ごはんを作る体力と気力は残っていても
そのあとの洗い物をする元気など残っていません。

そこでムスメがとった方法は
『ほめて育てる』

台所仕事はまったくダメなダンナさまを
見事に洗い物のできるオトコに変貌させてくれました。


お皿がきれいに洗えた。
洗った食器の水切りの並べ方が美しい。
ぬれた調理台がちゃんと拭けている。
生ゴミがちゃんと捨てられている。
・・・などなどなど。

とにかく褒めて褒めて褒めたおします。
もうほとんど幼稚園児を相手にする世界。


ダンナさまはというと、

 : 「なんかムスメにいいように使われてる気がするんだけど・・・。」

と言いながらも、まんざらではない様子です。


昨夏ゆずが入院していた時も
ちゃんと家事を手伝っていたダンナさまですが
ゆずが退院するや、逃亡を企てました。
食事がすむとそのまま居間に行こうとして
あえなくムスメに捕獲され・・・。


 : 「ちょっと! どこ行くの!?」

 : 「え~~っ!!
     お母さん帰ってきたんだから、もういいだろ?」

 : 「何言ってるのっ!!
     退院してきたばかりの人にやらせちゃ
     ダメでしょ!!」

 : 「いいよ、洗い物くらい。
     大したことないからやっておくよ。」

 : 「ダメに決まってるでしょ!!」


このあとムスメにニラまれたダンナさまは
とっても従順に洗い物開始。
どうやらダンナさま、ムスメが怖いようです。

その様子に思わずクスッ。


その瞬間、ムスメの矛先がゆずに向きました。

 : 「そもそもね、ゆずタンが甘いからダメなのっ!!
     このオジサン、世話かかりすぎ。
     外食でもコンビニのお弁当でもいいから
     食べることくらい自分でできるように
     日ごろから躾けておきなさいっ!!」


あ~ぁ、叱られちゃった。。。

ムスメ、怖っ!!
 
水都あたりではカメムシが大量発生すると
その冬は大雪になるといわれています。

去年の夏から晩秋にかけて
少なくともゆず家ではカメムシが大量発生。
洗濯物についたり
いつの間にやら家の中に入ってきたりで
ムシのニガテなゆずとムスメは
そのたびに大騒ぎ。

かなり騒々しい冬の始まりだったわけですが、
このところの異様なほどの暖かさに
あの大量のカメムシは何だったんだ!! と、
カメムシ予報の信憑性を疑いつつあるゆず家です。


今日は1月も半ばの13日。
もうお正月気分もすっかり抜けてるわけで
イマサラなのですが、
とりあえず記録のために上げておきます。

今年のおせちです。

   IMG_4363.jpg

伊達巻きを巻かずに重ね焼きにしてみたら
メチャクチャ面倒くさかった。
来年はまた『巻き』に戻すかな。。。
 
(10)からどうぞ。

【OKタマ巡り、そして水都へ】

ロングシティー駅を午前8時30分に出た列車は
田んぼの中をのんびりと走ります。

そして途中のI泉駅でJR・Y坂線に乗り換え。
こんな列車です。

 IMG_3487.jpg


車体にはなにやらカワイイ動物の絵が描かれていますが
これは何者でしょう。

 IMG_3488.jpg


カワウソ? イタチ?? ミーアキャット???



このY坂線もFN線に負けず劣らずのローカル鉄道。

あまりの使えないダイヤに
思わず写真撮っちゃいました。

 IMG_3489.jpg





I泉からY坂線で30分。
Y沢駅でY形線に乗り換えて10分。
この日の最初の目的地T畠に到着。
駅前からタクシーでワイナリーに向かいます。

 IMG_3497.jpg

 IMG_3496.jpg


ここへ来るのは何度目でしょう。
でも間違いなく初めての快晴のワイナリーです。

ここでは何種類かのワインを試飲し、
オミヤゲを選びます。

土産物はS鷹町やロングシティーで買ったものも
全部まとめて水都に発送。
ちょっとだけ身軽になって
次の目的地Y沢に向かいます。


Y沢ではまずは腹ごしらえ。
せっかくなのでちょっとゼイタクして
地元Y沢牛のステーキ丼ランチ。


う~~~ん。。。


おいしいんだけど、
水都で食べる飛騨牛のほうがコスパいいかも。
やっぱり観光客向けのお店ってこうなのね。
次回は地元民の行くお店を
事前調査しておかなくちゃね。


ランチのあとで向かったのは上杉神社。
せっかくだから田んぼアートとKJ館高校を
見にいくのもいいかなと思っていたけれど、
昼食込みで2時間ちょっとのY沢滞在ではムリ。

こちらもT岡のKM水族館同様、
公共交通機関利用では話になりませんでした。



タクシーを降りて
謙信サマや鷹山サマの像、
伊達政宗サマ生誕の地の碑を見ながら
上杉神社の参道を歩きます。

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 IMG_3510.jpg

 IMG_3507.jpg

 IMG_3508.jpg



そういえばここ、『神社』と名付けられているけれど
神話に出てくるような神様は祀られていないのですね。
今回初めて知りました。


そして社殿に向かって歩いていると、
こんなものを発見!!
以前にここを歩いたときには
まったく気付かなかったのですが。

 IMG_3509.jpg


上杉謙信家訓十六ヶ条


う~~~~ 耳がイタイです。



時計を見るともう午後2時。
参拝をすませ、急いで駅に戻ります。


OKタマ巡りはこれにて終了。
ここから予約したつばさで2時間半。
東京に戻ります。


車窓を流れる景色は山と田んぼ。
ときどき民家。

ここから緑が消え、
無機質な都会の色になるまでに
『秘所地』モードから都会モードに
感覚をリセットです。


・・・なぁんてね。
ちょっとカッコつけてみたけど、
早いハナシが車中で爆睡。
目が覚めたら都市の景色になっているだけのことです。

 IMG_3512.jpg



東京駅に着いたら
水都に向かう新幹線に乗り換え・・・ません。

この日の夜は渋谷あたりで飲んだくれ、
そのあとはヤスカルの住むYハマで5日間の滞在。


そうそう。
この5日間のあいだに
フラリとこんなところにも行ってきました。

 IMG_3578.jpg

 IMG_3597.jpg


日本でいちばん高い建造物の
(高さがです。入場料もかなりのものですが。)
上からの写真と下の写真。

7年前にここに来たときは
時間切れアウトで
上に上がることはできなかったけれど
今回はちゃんと『天空の樹から見下ろして』きました。



それにしても、8日間も家を空けるなんて
トンデモ主婦!!


いえいえ、実はこの8月は
月初めにも1週間家を空けていますから
水都には月の半分しかいなかったわけで・・・。


こんなふうに家を空けても
文句ひとつ言わずにいてくれるダンナさまと
そのダンナさまの面倒をみてくれるムスメに
感謝なのです。




今年も残すところあとわずか。
ほぼ1年前の今年の新年の豆腐
『聖地訪問、今年こそ!!』
FN線に乗り、パインサイダーで祝杯。

は、ちゃんと有言実行いたしました。


え?
パインサイダーで乾杯してないじゃないかって?


いえいえ、そんなことはありません。

聖地を訪問し、FN線に乗り、
このあとに訪れたヤスカルの巣で
ロングシティーで買ったパインサイダーで
ちゃんとヤスカルと乾杯しましたよ。

 IMG_3513.jpg


カンペキですっ!!

もっともヤスカルはどうして乾杯させられるのか
訳わからなかったでしょうけどね。



まもなく新年の訪れとともに掲げることになる
新年の豆腐2020。
次の豆腐は何にしようかな・・・
そんなことを考えながらヤマガタ・スケッチ

終了ですっ!!
                         (おしまい)






ふぅ~~~、間に合った!!
年越しちゃったらどうしようと思ってたの。
 
みなさま、よいお年をお迎えください。

 
(9)からどうぞ。

【ロングシティーにて】

この日ゆずはロングシティーで一泊です。
そして翌日は行き当たりばったりで
T畠、Y沢あたりを散策し
ヤスカルの住むY浜に向かいます。


この何の予定もないヤマガタの休日。
ほんとうは海辺の街・T岡に行ってみたかったのです。
T岡のKM水族館のクラネタリウムを見に。

でも経路を調べて笑っちゃいました。
直線距離にして80㎞ほど、
車での移動なら120㎞ほどのT岡なのに
電車を使うと7時間近くかかります。


無~~~理~~~~~っ!!


T岡はアッサリあきらめて
次に考えたのがY沢の田んぼアート。
T畠のワイナリーに寄ってからY沢に行き
田んぼアートを見てこようかと。


う~~~ん。。。
こちらもやっぱり無理でした。

車がないと何もできないのね、ヤマガタ。
電車もバスも、当たり前のように
2時間おき、3時間おきだし、
そこに住む人々はそんなダイヤをフツウに受け入れています。
水都も車社会だけれど、ヤマガタには完敗です。


さて。
消去法だけど、これで翌日の行先は決定!
まずはT畠のワイナリーに行って
そのあとはY沢の上杉神社に行くことにしましょう。

どちらも行ったことのある場所だけど
天気もよさそうだし、いい休日になりそうです。




翌朝。

FN線のロングシティー駅発は午前8時30分。
この列車を逃すと次の列車は10時45分発。
何があっても乗り遅れるわけにはいきません。

目覚ましのアラームは6時にセット。
まずはシャワーを浴びて身支度を整えます。
そして朝食。

ホテルで提供される無料の朝食は
パンとサラダ、ミニオムレツ。
コーヒー、紅茶、カップスープ、インスタント味噌汁は
好みのものを自分で用意します。


そうそう。
前回ここに泊まったとき
味噌汁を作ろうと思って注いだのが
お湯ではなくてコーヒーで
真っ黒な色で不思議な味の味噌汁
できあがったんですよね。


でも大丈夫。
今回は間違えませんでした。
ちゃんと味噌汁色、味噌汁味の味噌汁が
できあがりました。


たぶん過去のゆずと同じミスをした人が
多かったのでしょうね。
お湯の入ったポットのところには
こんな張り紙がされていましたから。

 IMG_3479.jpg




食事を終えたら荷物をまとめてチェックアウト。
徒歩1分のロングシティー駅に向かいます。


駅舎の前にはレトロな赤い丸ポスト・・・


のはずが、無くなっていました。
ポストだけではありません。
駅舎そのものがキレイサッパリと。

以前のロングシティー駅とその朝のロングシティー駅。

 長井駅 IMG_3480.jpg


駅舎を新しく建て替えるのだそうです。
たぶんモダンな建物になるのでしょうね。
あの丸ポストもなくなってしまいます。

でもできればあの赤い丸ポストは
残してほしかったなぁ。。。



駅舎のないロングシティー駅。
切符はすぐ横にあるプレハブの建物で買えるそうなので
言われたとおりに行ってみると
入り口の扉にはカギ。

そしてこんな案内板が・・・

 IMG_3481.jpg IMG_3482.jpg


だ~ か~ ら~~~~


電車が動いてる時間なのに営業時間外って・・・
窓口だけじゃなく、自販機まで販売終了って・・・


ざけんなよっ!! でございます。



でもこれが許されるって
ある意味スゴイ町なのかもしれないね、ロングシティー。
                              (つづく)
 
(8)からどうぞ。

【別れ】

『聖地巡礼』を終えたらU和館に戻り
この日の『さもひで』に記念撮影。

  夏合宿星の


実際にはここに写っているよりたくさんの人が
参加していた夏合宿ですが、
前夜の宴会まででお帰りになった地元民の方々や
深夜に消えたオッサン2名、
聖地巡礼を終え、記念撮影の前に旅立った若者もいて
写真に足跡を残したのはこれだけになりました。



楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。

 「またやろうね、合宿!」
 「来月でもいいよ。」
 「いや、それは無理!」
 「でもまた会おうね。」
 「またおいでよ。」
 「来るよ、必ず。」
 「またね!」
 「きっと、また!!」



そして解散。



解散といっても、この山の中で放り出されたときには
遭難間違いありませんから
地元民の方に最寄りの駅まで送っていただきます。


ゆずはS鷹町のとなりロングシティーへ。
この町にある道の駅で買い物をし、
そのあとはたぶんこの町唯一のファミレスに
ロプロスさんを呼び出します。

するとロプロスさんが来ることを知った地元民の女性たちも
急遽参加することに。
食事とおしゃべりを楽しみます。


そして夜も更け
その日のうちにS玉に戻らなくてはいけない花ちゃんの
新幹線の時間にあわせてファミレスを出ることに。


会計をしようとしたら、なんと!!
先に帰ったロプロスさんがすでに支払い済み。

ヤラレタっ!!
でも、ごちそうさまでした~~~m(_ _)m




ファミレスの駐車場でまた会おうねと約束し、
花ちゃんはA湯駅へ。
ゆずはロングシティー駅前のビジネスホテルに
送ってもらいます。


それにしても、過去の北の地訪問の際には
いつも悩まされた雨。
あるときは通り雨、
またあるときは台風並みの暴風雨。

でも今回は出発前日の都内で降られただけで
北に来てからは見事に晴れ。
そろそろ雨オンナの汚名、返上していいかしら?


が・・・



ファミレスの駐車場にて。


ゆずたちが店から出て
晴れオンナのハナちゃんと別れたとたんに
見計らったかのようにポツポツと雨。

時間がたつにつれて
言いかえると、ハナちゃんが離れていくにつれて
雨脚はだんだんと強くなります。


すると、あっちからもこっちからも
ラインが送られてきます。

「K座(ゆずのもう一つのハンドルネーム)さんの雨女っぷり、
まるでコントかと思うぐらいの
タイミングですね(笑)」


「花ちゃんと別れて、
2日間、お天気良くてよかったですね~
と言おうと思っていたら雨パラパラ。
あれ!?というタイミングでした(笑)」


「雨のタイミングの良さに
やっぱりこうでなくちゃ!と
うれしくなっちゃいました。」




このグループラインには
思わずこんな返信をしてしまいました。

  やはり・・・



は~~ぁ。。。
どうやら雨女返上はまだまだ先になりそうです。
                         (つづく)
 
(7)からどうぞ。

【聖地巡礼】

朝カレーの朝食と後片付けがすむと
念願のお風呂。
地元の温泉施設に出かけます。


温泉施設はS鷹町の山の中腹にあります。
大浴場の窓の外には青い空と木々の緑。(ザマアミロ、いい天気だ!)
眼下にはS鷹町の街並み・・
正しくは点在する民家と広がる水田が見渡せます。


手足を伸ばして湯船につかり、


ん~~~、シ・ア・ワ・セ 💛


これで入湯料300円は信じられない安さです。



汗を流してスッキリ・サッパリ。
U和館に戻ると時間はもうお昼。
そろそろ昼ごはんの準備をする時間です。


合宿2日目の昼ごはんは、芋煮雑煮。
前日の芋煮の残りに前日のお餅の残りを入れただけの
超簡単メニューです。

でもこれで残った食材を消費できるし
量も手頃。
温め直しの残り物芋煮は
想像以上においしい一品になりました。
 ※決して納豆餅の残りをお雑煮にしたのではありません。 白餅です。
  でも納豆大好きな北の地の人たちなら納豆餅をお雑煮にしちゃうのもアリかもです。



昼食を済ませ、後片付けを終え、
荷物をまとめたら
『聖地巡礼』に出発です。


もともとそんな予定はなかったのですが、
作者さま自らガイドとなり
ブログ読者なら誰もが知っている作品中のスポットへ。


・ピアノの怪談の、あ~ユカイな小学校
・ザリガニ池
・若き日の作者さまが便所掃除したART駅
・写真屋さん
・密猟者を摘発した唐沢橋バス停跡
・純喫茶ぽぷら
・靴の墓場の橋
・龍ヶ崎神社裏
・本家の舞台・県立酉高校(ART高校)
・旧駐在所跡
・マリア観音があるはずだった神社




そう。
すべての始まりは『靴の墓場』だったんだよなぁ。。。

あれからもう17年か。

ブログの舞台となった北の地を何度も訪れ
毒者仲間と飲み、騒ぐ。
ムスメやヤスカルより若い読者たちとトモダチになり
ブログとは離れたところで一緒に遊んじゃう。
作者さまのブログを読むだけではなく
自分でもブログを書きはじめる。

こうして考えてみると、40代からのゆずの人生、
かなり作者さまの影響を受けていたようです。



この日訪れた『聖地』は
地元民の方々にとっては何てことのない場所。
ゆずたち古株の毒者にとっても
イマサラどうでもいい場所です。
でも若い毒者さんたちにとっては
きっと思い出に残る『聖地巡礼』になったことでしょうね。



そうそう、余談ですが、
この日のコースの県立酉高校の正門前には
怪鳥ロプロスさんのご自宅があります。
(・・・って、なぜかロプロスさんのご自宅の場所さえ知っているゆずです。)
不審者集団の気配を察知したのか
集団が近付くと、次男小太郎くんは
思いっきり警戒モード。
ハゲしく吠えてました。

このことを後にロプロスさんに伝えたら


 : 「あぁ、かなり吠えてたよな。
     あのときの不審者はホントに不審な奴らだったんだな。」


だそうで・・・。


ま、確かに不審なんだけどね。
なぁんてことない駅や橋や学校に
ミョーに感動している集団なんだから。
                                   (つづく)

(6)からどうぞ。

【負けず嫌い】

予定では翌朝の起床時間は6時。
それから朝食の準備に取り掛かり・・・


あはは、無理!!


2時過ぎまで騒いでいたのですから
起きられるわけがありません。

ゆずも5時半ころに一度目を覚ましたのですが
だれ一人活動している気配はないので
二度寝!

7時を過ぎて物音が聞こえたので
調理室に行くと
そこには作者さまの姿。

朝起きて、介護の必要な御両親の朝食を作り、
食べさせてからやってきたそうで、
作者さま曰く、


 : 「主婦がこれだけいるんだし、
     一応6時起床って言っておいたんだから
     そろそろ朝メシできてるかと思って来たのに
     みんなまだ寝てるんかい!」


まあ、まあ、まあ。
とりあえず朝ごはん作りましょうよ。


朝はカレーだよね。
材料は・・・と。

タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、肉。
ピーマンがあったのでピーマンも入れちゃいましょう。
ゴハンは何合炊いたらいいのかな。


そんな話をしていると
みんな続々と調理室に集まってきました。

女手は十分です。
大半が主婦なので
女性だけで調理したほうが早いかもしれません。
でもここは合宿所。
不慣れな野郎どもの料理もまた一興です。



作者さま以外のオジサマがたは
ゴハンができるのを待っているだけだし、
数名は二日酔いで撃沈中ですが
院生くんとランチパックくん(たぶん)が調理室をのぞいたので
これ幸いにと労働力として確保!


ニンジン切って!
ジャガイモの皮むいて!
タマネギも切って!


情け容赦ない主婦の指示を
着実にこなしていく院生くん。

驚いたのは、
ピーラーそこにあるよと指さしたら


 : 「要りません、包丁で皮むきますから。」


おおっ!!
さすがは自炊男子です。



ランチパックくん(たぶん)は、


 : 「えーーーっ!!
     ピーマン入れるんですかっ!!」


どうやら大のピーマン嫌いのようです。
でもせっかくの梅ちゃん作のピーマンが残ってるし、
かといって一品作るほどの量でもないし。
やっぱりカレーに入れちゃうのがイチバンだよね。


なので・・・


 : 「大丈夫だよ。
     カレーのピーマンなんて
     味も匂いもわからないから。」


といったのですが、


 : 「わかりますっ!!」


全身からピーマンNGオーラが出ています。
なので交渉(?)の結果、
大きな鍋のカレーにピーマンを2個だけ
小さく切って入れることにしました。
(ぜ~~ったいにピーマン食べさせてやる!!とヒソカに思ったことはナイショです。)


う~~~ん、これって・・・
野菜嫌いの小学生になんとかピーマンを食べさせようとする
母親の図だな。




材料の準備は若者たちにまかせ
ゆずは大きな鍋にカレー用のお湯を沸かします。
十数人分のカレーだから
水はこれくらいかな。

そこは長年の主婦感覚。
材料と煮込み時間を考えての目分量です。


が・・・


これに作者さまからダメ出しがされました。


 : 「多すぎるだろ、それ!」

 : 「いやいや、これくらい要りますよ。」

 : 「シャバシャバになるって。」

 : 「煮込んで蒸発する分も見込んでますから。」

 : 「でも絶対に多いって。
     ちゃんと水の分量計ったのかよ。」

 : 「主婦は計りません。
     そこは目分量。 経験です。」

 : 「いやいや、絶対に多いから。
     水、減らすぞ。」

 : 「はいはい、どうぞ。
     おまかせしますよ。」


アッサリと引き下がるゆずと
自信満々の作者さま。
作者さまはキャンプでの経験から
水が多すぎると言っているようですが、
材料を煮込んでいるうちに


 : 「ちょっと水足すか。」



煮込み続けると、


 : 「もう少し足してもいいな。」


結局減らした分の水を追加したような・・・。


ふっふっふ。 


勝った!!


小さくガッツポーズのゆずでした。v(^-^)




カレーはとても美味しくできあがりました。
ま、そもそもカレーって
よほどのことがない限り
失敗しない料理なんですけどね。


みんなで朝カレーをいただきながら
作者さま、得意気に語ります。


 : 「旨いだろ!
     でも、ゆずりはにカレー作らせたら
     水を大量に入れるんだよな。
     そんなに水入れたら旨くないっての。
     まったく何年主婦やってるんだか。」

 : 「あれ?
     水が多すぎるっていって減らしてたけど
     あとで結局減らしたのと同じだけの水
     足してませんでしたっけ?」

 : 「いや、あの最初の水は多かった。
     多すぎたって。」

 : 「ふ~~ん。
     減らした後で2回も足してたのに?
     いいかげん主婦の感覚信じなさいよ。
     結局は最初と同じ量の水で
     おいしいカレーができたわけでしょ。」

 : 「あれはな、いったん減らして作ったから
     こうして旨いカレーができたんだよ。」


んん??
聞いたことないぞ、そんな裏技的作り方。



なんていうか、作者さまのこの負けず嫌いっぷり・・・


 お子ちゃまかいっ!!
                                   (つづく)

(5)からどうぞ。

【大宴会】

前にも書いたように、そもそもこの夏合宿、
もとはといえば花ちゃんと2人で
こっそり遊びに行くだけのつもりだったのです。

ところがいつの間にやら
公開オフ会『夏合宿』となり、
そこに作者さまの同窓会も同時開催となり
何が何だかわからない状態に。


地元の議員さんもご夫婦で参加。
自称『作者さまのギター一番弟子』を名乗る人も参加。
もと某放送局のアナウンサーで
今は参議院議員となった『先生』もお越しくださって、
それはもう賑やかなこと。


ヨッパライたちは議員先生にむかって
「ハ〇ちゃーん!」と
ちゃん付け呼びですからね。
でもそれがこのメンバーのいいところ。
ハチャメチャだけど人のいい飲んだくれ集団です。


ただね。


いいのですよ、ゆずたち古参組は。
大半の方がすでに顔見知りですから。

ゆずなんて、なぜかハ〇ちゃんのサイン色紙持ってますもの。

  IMG_4277.jpg


でも新しい毒者さんは戸惑ったでしょうね。
駅で拉致されてきた初参加の院生くん、
FN線運転士くん、
通称ランチパックくん、
今回が2度目の参加のチョーソカベくん、
そして秋田美人の天竺ネズミちゃん。

この集団の平均年齢をシッカリ下げてくれた彼らは
みんなそれなりに楽しんでくれたのかなぁ。



この日、一途なチョーソカベくんは熱弁していました。
同じカノジョさんに振られ続け、
それでも懲りずに想い続けている話を。

過去にもチョーソカベくんの振られ話を聞いている
作者さまに言わせると
今回の話の内容は前回聞いたのとまったく同じ。
『4回目』が『5回目』になっただけで
カンペキにデジャブだそうです。

ついでながら、1回目も2回目も3回目も4回目も
相手はみ~んな同じカノジョさんなんだとか。
このぶんだと、もしも来年また夏合宿があったら、
そのときは6回目の失恋体験談が聞けそうな気配です。


秋田美人の天竺ネズミちゃんは
色白で小柄。
守ってあげなきゃいけない感じの華奢な女の子。
なのでオバサンたちはあえてお酒を勧めることもせずに
見守っていたのですが、
彼女が「これ、飲んでもいいですか?」と
指さしたのは日本酒の瓶。
モチロン!とこたえると、
手酌でお酒を注いで口に運んだ彼女、
「甘くて飲みやすいですね。」

さすがは酒どころ秋田の女子。
見くびっておりました。



宴は大盛り上がり。


飲む、喋る。
食べる、歌う。


そして夜9時、
花火大会の始まりです。


残念ながらドラゴン花火はありませんでしたが、
花火を両手に持ち、
いい年のオジサンとオバサンが
騒ぐ、騒ぐ。


この時間にそんなに騒いだら近所迷惑・・・

と言おうとして気付きました。


近所に民家ないし・・・。


騒音で苦情が来るとしたら、
サル、クマ、イノシシくらいかもです。


いや、マジでふつうに生息していて、
ときどき里に現れるんだそうですよ。
サルもクマもイノシシも。



そうそう。
この花火大会の最中に懐かしい方が来てくれました。
怪鳥ロプロスさん。

5年前にゆずを見事にダマしてくれた
あのロプロスさんが
『次男』の小太郎くんと共に登場!

小太郎くん、デカっ!!

5年前には小さかった小太郎くんが
こんなにも大きく成長されるとは。
感無量です。


ほんとに成長が早いのね・・・





ゴールデン・レトリバー!

  IMG_4276.png




花火大会が終わると
ふたたび飲み始めます。
ゆずたち女性陣は
午前2時が近くなったところで退散しましたが
男性陣はそのまま飲み続けていました。


何時まで飲んでいたのかは定かではありません。
ただ翌朝には約2名の姿が消え、
若干名が二日酔いで撃沈。


女性の姿が消えていたら大騒ぎ。
大慌てで探すのでしょうが、
この朝消えていたのはオッサン2名。


放置です。


どこに行ったのか、
街灯も公共交通機関もない町を
深夜にどうやって移動したのかは不明だけれど
まぁ大丈夫でしょう。
                                   (つづく)
 
(4)からどうぞ。

【変更あり!】

合宿所となったのは地元の施設『U和館』。
もともとは地元のコミュニティーセンターで
バーベキューをして
宿泊はU和館と聞いていたのですが、
コミュニティーセンターに行っても誰もいません。


あれ??


ま、いいや。
とりあえずU和館に行ってみることにしましょう。
(フツウならうろたえるところかもしれませんが、こんなの慣れっこです。)

コミュニティーセンターから車で数分のU和館に行くと
いました、いました。
なつかしい人たちが。

5年ぶりの人、9年ぶりの人、
そして初めましての人も。


しっかしねぇ、、、
場所が変更になったのなら、連絡くらいしろよ!!
と言いたいところですが、
ま、いいか。
ここ、そんなユル~~い集まりだし。


というわけで、クレームは封印し、
挨拶もそこそこに活動開始!

まずは腹ごしらえです。
この日の昼食は作者さま手作りのお蕎麦。

  IMG_3461.jpg

地元の有名店のお蕎麦を茹でてくださったのだそうで
たいへんおいしくいただきました。



腹ごしらえが完了すると次は買い出し。
夕食の準備のスタートです。
この日の夕食はバーベキュー!!


・・・のハズだったんですよね。

実際、U和館の玄関には
バーベキュー用の鉄板もちゃんと用意されていました。


でも炭の準備と後片付けが大変だからという理由で
急遽、変更。

お惣菜のオードブルと地元の主婦が作る本場の芋煮、
梅ちゃん作のおいしいお漬物と野菜たち、
そしてつきたてのお餅で作る納豆餅になりました。


まったく、この臨機応変さといったら・・・。
みんな長年作者サマに付き合っているだけのことはあります。


ただ・・・

問題は納豆餅。


この日地元民Q氏が、
数十年前に作者さまから買わされたという
餅つき機を持参。
モチ米はもうセットしてあるから
炊けたら納豆餅にしてくれと言うのですよ。

そんなこと言われても
餅つき機なんて使ったことないし。
使い方、知らないし。
取説もないし。
そもそも納豆餅って何だ??

初めてヤマガタの地に足を踏み入れた十数年前、
たしかに納豆餅をいただいたキオクはあるけれど
それがゆずの知り得る唯一の情報。


ま、いいや。
何とかなるでしょう。


実際、何とかなりました。
とりあえず納豆餅は完成。
Q氏からNGは出されなかったので
これでOKということでしょう。


でも、できあがるまでの工程はナイショです。
途中、U和館の調理室では
「大丈夫。黙っときゃわからない!」と
「大丈夫。食べても死にゃあしない!」が
何度くりかえされたことか・・・。(汗)




大きな変更は場所と夕食メニューだけでは
ありませんでした。

そもそもこのU和館、
宿泊のできる施設ではなかったのです。
なので急遽作者さまがレンタルで寝具を準備。

寝具は何とかなりましたが
宿泊施設ではないので
あると信じて疑わなかったお風呂がありません。


まぁいいや、銭湯に行けば。
誰もがそう思いました。

でもこの地の銭湯、午後9時には閉まります。
それも車で走って15分はかかる距離。
ちょっと抜け出して汗流してくる・・・
なぁんてことは不可能です。

広間では大宴会。
「あの~~ぉ、お風呂に・・・。」
なぁんていうコトバで水を差すわけにはいきません。
う~~~ん、どうやら今日のお風呂は
あきらめたほうがよさそうです。


この日は北の地といえどもまだまだ猛暑の8月。
宴会場となった和室には総勢30人近い人。
ブログの読者と作者さまの同級生が
入り乱れて飲んだくれています。

暑いのでエアコンのスイッチを入れたのですが
このエアコン、効きが悪い。。。
なかなか冷えてくれません。
窓開けたほうが涼しいよね、ということで
窓全開で風を通しての大宴会。


あとでわかったのですが、
エアコンだと思っていたスイッチは
換気扇のスイッチ。
エアコンは設置されていませんでした。


さすがは北の地!
今夏日本一高い気温を記録したI川町から
車で1時間ほどのゆずの住む町、水都。
水都の集会場でエアコンがなかったら・・・


命にかかわりますっ!!


そんなわけで、
風呂なし、エアコンなしのダブルパンチ。
幸いにも女性たちの部屋にはエアコンが設置されていたのですが
皆、汗臭いカラダで一夜を過ごしたのでした。(泣)
                                   (つづく)
 
(3)からどうぞ。

【あ~、ユカイ!】

無事にA湯駅でヤマガタの地に降り立ったゆず。
ここで花ちゃん、23ちゃんと再会です。
ここからは3人で移動。
超ローカル線・山形鉄道フラワー長井線(FN線)に
乗り換えです。


ホームの階段を上がると
右・『JR A湯駅』・左・『山形鉄道 乗り換え口』の案内表示。
当然左の山形鉄道方面に進みます。

そして階段を降りると

  IMG_3458.jpg

ご使用済みのきっぷは
この箱にお入れください

と書かれたJRの切符回収箱。
改札もなければ駅員さんもいません。


この扉の先に進むと

  IMG_3459.jpg


『フラワー長井線 列車の乗り方』と書かれた
立て看板。
こちらもやはり駅員さんはいません。


この状況・・・
FN線は言うまでもなく、
車掌さんが座席指定状況を端末で確認できるようになって
車内検札がなくなった最近ならいざ知らず、
少し前までだったら、悪意のある人なら
新幹線でも簡単にキセルができちゃったことでしょうね。
きっとヤマガタの人はみんな善人なのね。



ホームにはFN線の列車が停まっています。
一両編成。
あざやかな赤に山吹色の花の絵柄。
当地の名産、紅花のデザインです。

  IMG_3457.jpg


この列車で目的地の駅までは1時間。
『単線で駅は無人駅、車より遅いのはデフォ』な路線ですからね、
とにかくスローなこと。
いつもの時間に追われる感覚のままで乗車すると
イラッとしそうな速度。

『聖地』巡礼には、まずココロの持ち方を
リセットすることが必要なようです。


FN線の車窓から見える景色はこんな感じ。

  IMG_3485.jpg

  IMG_3456.jpg



こんな列車に1人で乗っていると
退屈極まりないところですが、
この日は花ちゃん、23ちゃんと一緒。
おしゃべりしていたら、あっという間の1時間でした。



目的地の駅に着きます。
当然のことながら無人駅。
駅舎から外に出ると、そこには懐かしい風景。


これが今回撮った写真。

  IMG_3460.jpg


そしてこれが前回ここを訪れた時(9年前)に撮った写真。

  ゲリラライブ会場


何も変わってないよ、あ~ユカイ(鮎貝)!




長旅を終え、駅に降り立ったものの
そこから先の公共交通機関のないこの地。
頼りになるのは地元民の車だけです。
この日も地元民の方々が
駅まで迎えに来てくださいました。

アメちゃん、姫さま、梅ちゃん、かっぺちゃん。


なつかし~~~!!


このメンバーがそろうと
話題は必然的に9年前の話になります。


「ここ、ここ!
 この自転車置き場でゲリラライブしたよね。」

「ビール箱ひっくり返して、
 その上で作者サマが歌ったんだよね。」

「あの時も今日も、自転車ぜんぜん停まってないよね。
 ここから見える景色も変わってないよね。」

「あ! あの看板。
 あの店で打ち上げ会したんだよね。」

「ここでみんなで叫んだよね、
 エ〇本、ありがとーーー!!って。」


懐かしい記憶が次々と甦り、
オバサングループは大盛り上がり。
ハイテンションで喋りつづけます。


ひとしきり喋ったところで、ふと目にとまったのは、
さっきからずっと駅舎のそばにいる
1人の青年。
どう考えても地元民ではなさそうです。


「ねぇ、あの人ってもしかすると
 今回の合宿の参加者じゃない??」

「地元民には見えないから、たぶんそうだよね。
 そうでなきゃ、こんなところに
 ずっと立ってるわけがないし。」


声をかけてみたら、当たり!!

作者さまに連絡をして迎えを待っていたそうですが
ついでなので、彼を拉致。
いっしょに合宿所に向かうことにしました。


不安だっただろうな。
超ド田舎の駅に降り立ってはみたけれど
迎えの人は誰もいず、
なぜかテンションの高い
オバサングループに拉致されて
車に乗せられ運ばれる。


ゴメンネ。
ここ、こういう集団なの。

計画や予定は、あってないようなもの。
行き当たりばったりの成り行きまかせ。
最初は戸惑うだろうけど
でもきっと楽しいよ!
                                   (つづく)
 
(2)からどうぞ。

【北へ北へ】

翌日午前7時30分。
ホテルをチェックアウトして東京駅に向かいます。

といっても駅までは徒歩3分ほど。
道路を渡るだけなのですから。

新幹線のチケットは買ってあるし、余裕だね。
とりあえず何か飲み物でも買ってから
ホームに上がることにしましょう。


というわけで
改札横のカフェスタンドでカフェオレを注文。
商品の受取口に並びます。


が・・・


ここからが長かった。。。
商品を手にしたときには発車まで5分もありません。
急いでホームに駆け上がり指定の車両へ。
座席につくとすぐにつばさは動き始めました。


セーーーフ!!



東京駅を出ると20分ほどでO宮駅に到着です。
花ちゃんと23ちゃんはここからの乗車。
車両はバラバラなので実際に顔を合わせるのは
新幹線を降りてからですが
O宮を出てすぐに23ちゃんからこんな画像が送られてきました。

  23ちゃんの朝ゴハン

朝からアルコールかいっ!!
さすがは酒豪23ちゃんです。



つばさは北へと走ります。
窓の外を都市の景色が流れていきます。

そしてO宮を出て1時間。
F島でS台に向かうやまびこと切り離され
ここからは単独走行。
新幹線の皮をかぶった在来線となります。


しっかしねぇ、、、
何回乗っても納得できないわ。
これが新幹線だってことには。


だって・・・


新幹線なのに地面を走り
新幹線なのに踏切があり
新幹線なのに民家の窓から見下ろされ
新幹線なのに時速130キロまでしか出せなくて
新幹線なのに時として車に追い抜かれ
新幹線なのに単線で
単線であるが故に当たり前のように
上り列車が遅れると下りも遅れるわけで・・・。


  IMG_3490.jpg

この写真だけなら立派に新幹線なのに
車窓から見える景色がこれですからね。

  IMG_3454.jpg

やっぱり新幹線と呼ぶのは間違ってる気がする。。。



F島を出たつばさは山の中を走ります。
車窓から見える色は木々の緑と空の青。(どうだ、青空だっ!!)
猛暑真っ盛りの8月下旬だけど
このあたりは多少は涼しいのでしょうか。
もうススキの穂が出始めています。

  IMG_3451.jpg


山を抜けると今度は一面の水田が続きます。
民家も増えてきて生活感を感じる景色に。


そうそう。
ゆずが北に来たなぁと感じる景色の一つが墓地。

水都あたりでは白御影の墓石が多いのですが
北の地では黒御影が多いようで、墓地が黒い!
この黒い墓石の多い墓地を見ると
あぁ、北に来たなぁと思ってしまうゆずなのです。


つばさは走り続けます。
車窓から見える踏切に
そして黒い墓石の並ぶ墓地に『北』を感じていたゆず。
油断していました。

ヤマガタの南の玄関口Y沢を出るとT畠、A湯。
2つ目の駅で下車するわけですが
ここ、新幹線で2駅といっても
所要時間はわずか15分。
T畠‐A湯間などわずか5分です。

新幹線の一駅は、各駅停車のこだまでも
15分~20分が身についているゆず。
車内アナウンスで『A湯』という言葉を聞き
アセった、アセった。
大急ぎで荷物をまとめ出口へ。
辛うじて、ほんとうに辛うじて、
乗り過ごすことなく無事に下車できたのでした。
                                   (つづく)

(1)からどうぞ。

【その前の日】

ヤマガタは遠いです。
水都からは片道800キロ以上。
始発で水都を出ても、夏合宿の集合時間には
間に合いません。

決して集合時間厳守の夏合宿ではないのですが
これをいいことにゆずは前日に水都を出て
東京八重洲のホテルに前泊し、その夜は夜遊び。
合宿当日の朝早い新幹線に乗ることにしました。


午前8時の~~♪
あずさ2号で~~~♪
(↑歌っちゃった人、年齢がバレますよ)

ならぬ、午前8時のつばさ175号。
この新幹線の車中でS玉在住の花ちゃんと
そして既知の仲である23ちゃん、
この2人と合流です。



この朝、水都は雨。(笑うなっ!!)
もともとは夕方の新幹線の指定を取っていたんだけど
雨の中をバスで移動するのは・・・
正しくは雨の中をバス停まで歩くのは億劫。
なのでちょうどその日が休みだったムスメに
駅まで送ってと頼むと、
昼までに家に戻れる時間でよければ
送ってやると。

早すぎるけど仕方ありません。
ありがたく送ってもらうことにして、
予定よりかなり早い新幹線に乗ったのでした。



東京駅に着いたのは午後1時半。
とりあえずホテルに荷物を預けたものの
さて、どうしましょう。

いつもなら美術館に出かけるところですが
今回は近場には特に惹かれる企画展はありません。
なので神田明神に出かけることにしました。
時代劇『銭形平次』で岡っ引きの平次親分が
この神田明神下の長屋に住んでいるという設定になっていた
江戸の町の鎮守社です。


  IMG_3445.jpg

縁結びの大国主(おおくにぬし)さまと
商売繁盛の少彦名(すくなひこな)さま。
というより、大黒さまと恵比寿さまといったほうが
馴染みがありますね。
そして勝負運の神さまとされる平将門公。
この3柱を祀る神田明神。

半年ぶりに本殿にお参りし
駅へと歩きはじめると
パラパラと雨が・・・。(笑うなっ!!)


実はこの時、携帯用の傘をホテルに預けた荷物の中に
入れたままにしていたゆず。
このまま歩くと、駅に着くころには
濡れネズミになりそうだったので、
昼食がまだだったゆずは
雨やどりと昼ゴハンをかねて
近くのカフェに入ったのでした。


入ったお店はここ、明神カフェ。

  明神カフェ


このお店、外から見るとまったく普通のカフェ。
ところが中に入った瞬間、固まりました。



だって・・・



  IMG_3446.jpg


メイドさんがいるお店ではありませんが
どう考えてもお茶を楽しむカフェではなさそうです。


でもここに入った目的の半分以上は雨やどり。
雨が止むまでシッカリと長居させていただきました。
だって一人じゃなかったし。
どう見てもゆずと同じく
知らずにここに入ってしまったと思われる
雨やどり組のオバサマたちが数組。
みんなで長居したら平気よ~~~(^-^)v



この日の夜は毒舌MOBO氏と飲みの約束をしています。
「東京駅あたりでヒマしてるから出てこいっ!!」
というゆずのヒトコトで
職場から自宅とは反対方向に
小一時間の移動を強要されたMOBO氏。

つきあってくれて感謝! と言おうと思っていたのに
この時間、まだ仕事中のはずのMOBO氏から
ご丁寧にもこんなラインが。

  土砂降り


うるさいっ!!
わざわざ仕事中に送ってくるなっ!!ですわ。
                                   (つづく)
 
【長~~い前書き】

つばさに乗りました。
つばさに乗って北へ、北へ。

いえいえ、決してニルスになった妄想ではありません。

 ニルス



乗ったのは山形新幹線つばさ号。
新幹線なのに地面を走り
新幹線なのに踏切があり
新幹線なのに民家の窓から見下ろされる。

新幹線なのに単線で
新幹線なのに時速130キロしか出せなくて
新幹線なのに改札通らずにローカル線に乗り継げる。

新幹線なのに・・
新幹線なのに・・・。


そんなショーゲキの新幹線に
5年ぶりに乗ってきました。

向かった先は山形県西置賜郡S鷹町。

よもやこの超ド田舎の町を
何度も訪れることになろうとは・・・。

人の運命はほんとうにわからないものです。



『そうだ山形、行こう。』という
某企業のキャッチコピーもどきではないけれど、
数年ぶりにヤマガタに行こうと思い立ったのは
去年の冬のこと。
S玉在住の花ちゃんと
Y浜のカフェで話している時でした。

まだ寒い時期だし
この時期のヤマガタ行きは凍死覚悟の自殺行為。
なので雪が融けはじめる3月末に
行くことで話はまとまりました。


が・・・。


2月にはいってゆずのジイの状態が悪くなり
3月はヤマガタどころじゃない状況。

3月下旬にジイが彼岸へと旅立ち、葬儀を終え、
緊張の日々から少しだけ解放された4月。
半年ぶりに再会した花ちゃんに
3月のヤマガタ行きを反故にしてしまったことを謝罪し
あらためてヤマガタ行きを計画。

今度こそは何があってもつばさに乗るぞ!!と
決意を新たにしたのでした。


だって・・・。


新年の本家コメント欄に書いちゃったんですもの。

さて、2019年新年の豆腐は・・
『聖地訪問、今年こそ!!』でございます。
FN線に乗り、パインサイダーで祝杯。
がんばりますっ!!



聖地訪問 の四文字が重くのしかかります。
有言実行のゆずとしては、もう何が何でも
北に行かないわけにはいきません。


加えて当時の作者さま、
昨年のご自身の病気に加えて
ご両親の介護でお疲れのせいか
ミョーに弱気な発言が増えてたし・・・。

このヤマガタ行きは、そんな作者さまに
小さな非日常を楽しんでいただいて
少しでもココロとカラダのゲンキを取り戻してもらいたいと
計画したもの。
もともとは花ちゃんと2人だけで
コッソリ出かけるつもりだったのです。


ところが何がどうなったのか
コッソリ旅のはずが、いつの間にやら
公開オフ会『夏合宿』に変化。
オマケに作者さまの同窓会まで一緒にやっちゃおうという
滅茶苦茶な企画へと変貌。

ま、いいんですけどね。
過去何度かのヤマガタ行きで
すでに本家とは無関係の
作者さまの同窓生や友人知人の皆さま、
果ては地元の議員さんにそのご家族まで
顔見知りになっちゃってますから。



今回は時系列はあまり気にせず
楽しかった出来事、
ぼくちゅうワールドならではの出来事を
書き留めていきたいと思ってます。


ただ、心配事がひとつ。
これは時系列を気にしない旅のスケッチ(粗描)にする
理由でもあるのですが、
キオクに多大なる不安のある昨今。
昨日の夕飯メニューさえ覚えてないというのに
8月の出来事なんて・・・。

ふ、、不安だ。。。
                                   (つづく)
 
(19)からどうぞ

外科の手術は
『切って、取って、縫う』。
手術が終わればあとは回復に向けて一直線。
カラダは日々楽になります。
キズの痛みも、キズに触らなければ
ほとんど気になりません。


が・・・


手術から4日目の朝
突然にそれは起こりました。

朝起きると両脚とも足首から膝まで
赤く腫れています。
さわると熱を持っていて
とにかく痒い。
どうやら手術後ずっと履かされていた
弾性ソックスにかぶれたようです。


飲み薬とかゆみ止めの塗り薬を出してもらいましたが
まったく効果なし。
ま~~ぁ痒いのなんのって。

そういえば最初の入院(右ヒザ半月板の手術)のときも
装具にかぶれてツラかったんだっけ。

ん~~~、ゆずの入院には
モレなくついてくるのか、かぶれと痒み??


痒みはその後3日間続きました。
塗り薬だけではおさまらず、飲み薬も追加。
それでも一向に良くならず
結局はステロイド剤を出してもらって
やっと落ち着きました。

ステロイド、恐るべしっ!!



そして退院の日。
朝イチバンに主治医のW先生が
抜糸(もしかすると抜鈎だったかも)にきてくれました。


抜糸、痛いかなぁ。。。
痛いのイヤだなぁ。。。


と恐々でしたが、痛みは全くナシ。
これで晴れて自由の身です。

バンザーイ!!



ただ、ひとつだけ気がかりなことが・・・。



食べて寝ていただけのこの8日間。
入院したときに着てきたパンツ、
ウエストのボタン留められるんだろうか。


もしキツくて留められなかったら・・・


う~~~ん、そのときは
『背中のキズに触れると痛むから』
ということにしておきましょう。




病衣を脱ぎ、私服に着替えます。
ウエストのボタンも無事に留められました。


きょうはダンナさまは仕事で来られないので
自力で退院の手続きをして
タクシーを呼びます。



国道を西へ西へ。
N川を越え、I川を越えたら水都です。




ある日突然背中に腫瘍があるといわれ、
悪性の可能性があるから
全身麻酔で摘出するといわれ、
術前検査で腫瘍マーカー値が高いといわれ、
『最悪』ばかりが思考を占領していたあの頃。

それでも関東への旅行を決行し
ヤマガタ行きの計画も変更さえせず
「バカじゃないのっ!!」と罵声を浴びせられたあの頃。


その後の検査に次ぐ検査で
腫瘍マーカー値が上昇した原因はわからないままだけど、
ガンの可能性は限りなくゼロに近付いてきました。
問題のあった腫瘍マーカー値も下がってきました。


そしてつい先日、
ゼロのお墨付きがもらえました。


これで晴れて無罪放免です。
これはもう思いっきりお祝いするしかないですね。
ふふっ。 これを読んでるア・ナ・タ!
祝ってくださいね。



あ。。。



ゆず家の新システムでは
お祝いの席の支払いは
祝われる人がすることになってたような気が・・・。(汗)
                                (おしまい)
 
(18)からどうぞ

翌日は友人がお見舞いに来てくれました。
背中の腫瘍を見つけてくれた
エステの彼女です。

彼女、病院にくる途中で本屋さんに寄り
ヒマを持て余しているであろうゆずのために
本を買ってきてくれました。


実際、かなりヒマを持て余していたゆずにとって
これはウレシイ話。


ただ・・・。


彼女が選んだ本は・・・


 戒めか?


本屋さんでタイトルと帯に書かれた言葉を見て


これだ!!


と思ったんだとか。


う~~~ん、アタシっていったい
どんな人間だと思われてるんだ???
酒に飲まれた経験など、
過去に2回だけしかないんだぞっ!!



あ、それから、 
この帯を見て、この本を読んでみたいと
思ったアナタ!

この本には教科書にでてくるような
著名な方々の酒にまつわる問題行動が
数多く書かれています。

最近その半生が映画化された太宰治もその一人。
一万円札の顔となっている福沢諭吉も
女性解放運動で活躍した思想家の平塚らいてうも
大学入試の難解な現代文で記憶に残る小林秀雄も
歴史の教科書には必ず出てくる源頼朝や
元号『令和』のもととなった和歌の作者・大伴旅人も。

『偉人』のイメージが崩れることを受けあいます。
どうか覚悟のうえでお読みください。
                           (つづく)
 



オマケの画像です。

 屋上庭園  談話室


ヒマを持て余したゆずが徘徊していた
病院5階の屋上庭園と談話スペース。
各階にこんな談話スペースが3ヶ所ずつあります。
ゆずはときどきここで読書三昧してました。

ゆずのいた5階は個室フロアなので
入院患者は最大でも14人。
下の階から庭園に上がってくる人はほとんどいないので
これだけの共用スペースが使い放題。
ゼイタクな造りです。
長居したいとは思わないけどね。
 
(17)からどうぞ

体を起こせるようになると
それまでは腰痛の陰で鳴りを潜めていたキズの痛みが
甦ってきます。
でも幸いなことに思ったほどの痛みではありません。
飲んでいる痛み止めの薬が効いているのでしょう。


この日の昼には約40時間ぶりの食事。
七分粥をいただきました。

食事の後には熱いタオルで体を拭いてもらい
スッキリ、サッパリ。

体を拭いてくれた看護師さんによると


 : 「すごくきれいな手術跡ですね。」


だそうです。
残念ながらゆずにはその傷跡を
見ることができませんでしたが
でもW先生にお願いしてよかったと
つくづく思ったゆずだったのでした。



痛みが楽になると
つい横着になるのがニンゲンのサガ。
昨日までの「痛い」「ツラい」は一気に
「ヒマ~~」「退屈~~~」になります。

そんなヒマをもてあまし始めたゆずのところに
ヤスカルがやってきました。
ハイジちゃんも一緒です。


 : 「たぶん退屈してるだろうなと思って
     コレ持ってきた。」


そう言ってヤスカルが取り出したのはUNO。
10日前にヤスカルの巣に行った際に
何十年ぶりかにやってみたウノでしたが
だんだん盛り上がってきたところで
予約した新幹線の時間が迫ってきて中断。
どうやらそのときの決着をつけようということのようです。


で、こういうことになりました。


 UNO真っ只中


『手術翌日に点滴につながれたままUNOに興ずる』
の図です。

手持ちのカードを出すたびに、
また、出せるカードがなくて『山』に手を伸ばすたびに、
「痛っ!」と声を上げながらのウノ。


バカですねぇ~~~。



ついでに言うと、
ウノは3人で遊ぶよりは
人数が多いほうが楽しめます。

ヤスカルが、


 : 「だれか来ないかなぁ。。。」


とつぶやくと、これが届いたのか
扉をノックする音。

ゆずの友人が仕事帰りに立ち寄ってくれたのですが
これこそ飛んで火にいるナントヤラ。
その場でウノ参加を強制されていました。


その後しばらくしてやってきたムスメも
強制的に引きずり込まれ、
総勢5人での大ウノ大会は、個室をいいことに
消灯時間まで延々6時間にわたって
繰り広げられたのでした。


 バカ5人の図



ほんっと、バカですねぇ~~~。

                           (つづく)
 
(16)からどうぞ


朝になりました。

カラダの(決して手術の傷のではない)痛みのために
ほとんど眠ることができなかったゆず。
朝の検温に来た看護師さんに対しても
つい無愛想になります。


 : 「ゆずりはさん、痛みはどうですか?」

 : 「痛いです。」
   (訴えても体を起こさせてくれないのなら聞くな!!)

 : 「夜は眠れましたか?」

 : 「いいえ。」
   (だから痛くて眠れなかったんだってば、腰がっ!!)

 : 「午後からは体を起こせるようになりますからね。
     もう少しがんばってくださいね。」
   (「がんばれない」って言っても聞いてくれないくせに。
    いいからもう放っておいて!!)


痛みを訴えたところで何も状況が変わらないなら
訴えるだけムダというもの。
ただひたすら時間が過ぎるのを待つだけです。


忍。。。



その後しばらくして
W先生が回診にきました。


 : 「ゆずりはさん、いかがですか?
     腫瘍はきれいに取れましたからね、
     安心していいですよ。

     キズもきれいについているようですね。
     化膿もないし、いい状態ですね。
     痛みはどうですか?」

 : 「ありがとうございました。
     痛みは・・ あります。
     でも手術の後の痛みより
     体を起こせないのが原因の腰痛のほうが
     キツイです。」

 : 「あぁ、辛いですよね。
     いいですよ。
     いま看護師さん呼びますからね。
     体起こせるように準備してもらいますね。」


へぇ~~~。
カラダ起こしていいんだ。
看護師さんじゃラチあかないけど
権力ヒエラルキー上位のドクターには
訴えてみるものなのね。___φ(。_。*)メモメモ


そしてこのあとすぐ、予定より3時間ほど早く
『寝たきり』から解放されました。

バンザ~~イ!!
                           (つづく)
 
(15)からどうぞ


手術を終え、ストレッチャーで病室に戻ったゆず。
看護師さんたちの手でベッドに移されます。

このときのゆずは
右腕に血圧計、左腕に点滴
左手の指にはバイタルチェッカー、
口には酸素マスク、
導尿カテーテルも入れられ
両脚には血栓予防のための加圧装置。
そして右手にはナースコールのボタンを持たされて
もうがんじがらめ。


このあと翌日の昼まではこの格好のまま。
ベッドから降りることはもちろん
上半身を起こすことも許されません。

これ、けっこうツラい時間でした。


キズの痛みは点滴に入れられている痛み止めの効果で
ほとんどありません。
痛かったのはもっぱら寝たきりの姿勢による
腰痛のほう。


でも麻酔の影響で頭がボー―っとして、
おまけに気管挿管されていたせいで喉がヒリヒリして
熱も少々。

こんな状態で喋るのさえ億劫だったゆずは


 : 「背中が痛い・・・。」


としか言いませんからね。
たぶんみんな手術した箇所が痛むんだろうと
思っていたでしょうが、
説明不足でスミマセン。
実はいちばんキツかったのは『腰痛』でした。



このときのゆずの様子を見ていた友人が
後で言ってました。


 : 「入院前は手術のこと、ずいぶん軽~く話してたけど、
     けっこうな大手術だったんだ。」


ゴメンナサイ。
それは大きな誤解です。
痛かったのは腰。

ホントにたいした手術じゃなかったのですよ。
その証拠は・・・ たぶん次話で。



この日摘出した腫瘍は
ダンナさまによるときれいなオレンジ色。
ヤスカルに言わせるとピンク色。

いったいどっちが正しいの??
私も見たかったなぁ。。。
写真撮るように頼んでおけばよかった。



腫瘍は病理検査のために検査機関に出されました。
結果がわかるまでには2週間くらい。
PETの結果が問題ナシだったから
それなりに安心はしているけれど
ちゃんと病理検査の結果で
悪性じゃないってハッキリするといいなぁ。。。



その夜遅く、痛み止めが切れてきたゆず。
キズの痛みに寝たきりによる背中の痛み、
ここになぜか腹痛まで加わって、ツラさMAXです。

身体を起こすことがNGなので
腕の力だけで少しでも背中を浮かせようとしますが
すぐに力尽きてしまいます。

とてもじゃないけど眠れる状態じゃありません。
時間がたつのが果てしなくゆっくりに感じて
ツラいのなんのって。
それなりに忍耐強い(と自分では思っている)ゆずですが
朝まで耐えられる気がしません。

あまりのキツさにどうしようもなくなって
ナースコールのボタンを押すと
その夜の担当の看護師さん(若いお兄さんでした)


 : 「どうしてこんなにガマンするんですか!
     痛かったらもっと早くナースコールしてくださいっ!!」


叱られちゃいました。(;^_^A
                           (つづく)

(14)からどうぞ

病室にストレッチャーが運ばれてきました。
別に手術室まで歩いて行けるのに
なんて大袈裟な・・・

と思っていたけれど、理由はすぐにわかりました。


 : 「ご家族の方は外に出ていただけますか。」


といわれてダンナさまとヤスカルが廊下に出ると


 : 「それでは今身に着けているもの
     ぜんぶ脱いでください。」


全裸です。
一糸まとわぬ全裸。


 : 「脱いだらここに仰向けに横になってください。」


言われたとおりにストレッチャーに横になると
上から術衣をかけられ、
その上に薄い布団をかけられます。


 : 「それでは手術室に移動しますね。」


うん、納得。
この格好じゃ歩いて移動するのはムリだわ。
天災か人災かは別にして
災害レベルの迷惑行為であることに間違いありません。



手術室に入ると、すでにオペ看のかたが2人と
麻酔医の先生がスタンバイしています。
まもなく執刀医のW先生も入ってきました。


看護師さんが尋ねます。


 : 「きのうはよく眠れましたか?」

 : 「はい。シッカリと。」

 : 「緊張して寝付けなかったとか?」

 : 「いいえ、全然。
     もしかするといつも以上によく眠れたかも。
     家事の必要もないし、
     痛いとか苦しいとかいうものないわけだし、
     バカンスです~~~。」

 : 「概して女性はそうなんですよね。
     でも男の人はダメ。
     ナーバスになって眠れなかったって言う人が
     多いですよ。」

 : 「女性のほうが図太いってことですかね。
     でもわかる気がす・・・」



ここで意識が途切れました。
麻酔薬が入れられたのでしょう。


そして次に記憶にあるのは、


 : 「ゆずりはさん、わかりますか?
     終わりましたよ。」

という看護師さんの声。

この声にうっすらと目を開け
かすかに頷いたようですが、
意識は朦朧としたまま。
まわりの物音は聞こえていますが
その音の意味を理解する脳は
ほとんど働いていません。


それにしても麻酔薬が入れられてから
ここまで2時間半くらいでしょうか。
この間に気管挿管をし
人工呼吸器につないで呼吸を確保し
導尿カテーテルを留置。
ストレッチャーの上のゆずを手術台に移し
心電図計ほか様々な装置をつけ
うつ伏せにして背中を開いて腫瘍を取り出し
傷を縫合して病衣を着せ
ふたたび仰向けにしてから
ストレッチャーに戻しているわけで、
体重キロの、意識のない状態のゆずに対しての
この作業。


オペ室のスタッフの方々って
ホントにホントに・・・


重労働!!

                           (つづく)
 
(13)からどうぞ

7月9日、手術当日。
この日は朝から絶食です。
といっても普段から朝食はあまり食べないので
絶食といわれても何の苦痛もありません。

バイタルチェックのあとには手術に備えての浣腸。
そのあとでシャワーを浴びます。
左手首には点滴の針が刺され、輸液の点滴開始。

3本のアルジネードウォーターが渡され
これを11時までに飲み切るように指示されます。

アルジネードウォーターは術後の回復をよくする(らしい)
アルギニンを多く含むサプリメントドリンク。
味はスポーツドリンクと同じです。

午前中は特に何もするいことはないので
これをチビチビ飲みながら持参した本を読んでいると、
扉をノックする音。

ダンナさまがやってきたようです。


病室の扉を開けたダンナさま、


 : 「今日は荷物持ってきた。
     ナマモノだ。」


あれ? おかしいな。
入院することがわかっているこの時期に
通販でナマモノを頼むはずなんてないし、
そもそも手術当日に病院にナマモノ持ってくるって
間違ってるだろ。
この状況で病院に持ってこなきゃいけないって
いったい何が届いたっていうんだ??


ゆずが訝しんでいると、ふたたびノックの音。


 : 「あ! ナマモノがきた!」


???


何言ってるのかサッパリわかりません。


すると扉が開き、



え~~~っ!!
 
なんでそこにいるっ!?



そこに立っていたのはヤスカル。

なぜそこにいる??
昨日の夜、電話で、
それもフェイスタイム(テレビ電話)で話してたよね??
間違いなくY浜にいたよね??

状況がのみこめなくてポカーンとしているゆずを見て


 : 「ヤッタ!!」


ヤスカル、ガッツポーズです。


 : 「昨日、あの電話の後で車とばして帰ってきたんだよ。」

 : 「ひとりで?」

 : 「いや、ハイジもいっしょ。
     あした一緒にくるよ。」
  ※今回初登場のハイジちゃんはヤスカルのカノジョです。

 : 「きのう電話で話したとき、
     2人ともそんなことヒトコトも言ってなかったし。」

 : 「当然だよ。
     サプライズなんだから。」

 : 「あれ?
     今朝ムスメと電話で話したけど
     ムスメも何も言ってなかったけど。」

 : 「口止めしといた。
     ぜったいにバラすなって。」

 : 「あぁ、だからか。
     あの意味不明なムスメのボヤキは。」


その朝ムスメと話したとき
ムスメに尋ねたのです。
「おとーさん、ちゃんと朝ごはん食べた?」と。

そのときのムスメの答えは
「ちゃんと食べたけどさ、
まったく手間がかかってしょうがないよ。
朝は忙しいのに家事の手間1.5倍なんだから。」

ムスメのこの言葉、
ダンナさまのことを言っているのだとばかり
思っていたけれど
プラス0.5倍はヤスカルのことだったのね。


納得!


そうこうしているうちに看護師さんがやってきました。

 : 「ゆずりはさん、
     そろそろ手術室に移動する準備に入らせてもらいますね。」
                                    (つづく)
 
(12)からどうぞ

胃カメラの検査では
胃潰瘍以外には気になる所見はないとのことでした。
細胞診の結果がわかるのは退院後になるけれど、
おそらく何も問題はないだろうと。

だとするとマーカー値を上げている原因は
胃ではないっていうことか・・・。


ゆず的には胃をいちばん疑ってたんだけどなぁ。

何の自覚症状もないけれど
前回の検査からの期間がいちばん空いてるし、
短期間でCEAを15にまで上げるとしたら
進行の早いスキルス胃がんの可能性があるんじゃないかと。


(え? 誰か何か言ったか??
スキルスは若い人に多い胃がんだから
当てはまるとか当てはまらないとか・・・。)


とりあえずは大丈夫なようですが、
でもゆずとしては完全に安心できたわけではありません。

スキルス胃がんは胃壁の内部で広がるがんで
胃の表面に見てわかる異常が表れにくく
胃カメラでも見落とすことがあると聞いているからです。


だとすると、やっぱりPETだよなぁ。
いや、待てよ。
たしかPETは初期の胃ガンはニガテだったよな。
でもPETとW先生の目のダブルチェックなら
きっと正しい診断ができるはず。
やっぱりPETの結果待ちだよなぁ。


結局そこに行きつきますが、
PETの結果がわかるのは1週間後。
それまでは何もできません。

仕方ない。
これからは背中の手術に専念することにしましょう。



そして翌7月8日。
いよいよ入院の日です。

この日は朝10時までに入院手続きをするようにいわれていたので
9時には家を出て病院に向かいます。

部屋は5階の個室。
部屋に移動して入院手続きの書類に記入。
フロアの説明を受け、病衣に着替えたら
入院患者のできあがりです。


とくにやることもなくベッドで本を読んでいると
ドアをノックする音。
W先生が入ってきました。


 : 「ゆずりはさん、調子は大丈夫ですか?
     明日の手術、がんばりましょうね。」

 : 「はい、よろしくお願いします。」


間違ってもここで


 : 「がんばるのは先生ね。
     私、眠ってるだけだから。
     先生、がんばってね。」


なぁんてことは言いません。
一応、オトナですから。


 : 「今日はいい知らせがありますよ。
     このあいだ受けたPET-CTの結果、届きましたよ。
     PET的にはガンの所見はありませんでした。」


ほっ。


PETでは100%のガンを見つけられるわけではないけれど
それでも一安心です。
素人判断ではあるけれど
明日取ることになっている腫瘍も
PETに反応してないっていうことは
悪性率は低いんじゃないかなと思えます。
これで明日はスッキリ手術が受けられます。



この日はもう何もすることはありません。
昼ごはんを食べ、晩ごはんを食べ、
消灯時刻をとっくに過ぎた病院的深夜の夜11時頃に
ヤスカルからかかってきた電話で
ヒマツブシのおしゃべりをしていただけ。

何の緊張感もなく
入院初日の夜は更けていったのでした。
                           (つづく)
 
(11)からどうぞ

PET検査を終えたら
その翌日は腹部超音波検査と胃カメラです。

まずは朝9時に予約してある超音波検査。
W先生、いつもよりはるかに慎重に
モニター画面を見つめています。


そして・・


 : 「悪い所見は見当たりませんね。
     大丈夫ですよ。
     ただ、ここを見てね。」


そう言ってW先生が指差したところには
エノキタケの頭の部分をサカサマにしたような影。

ポリープが見つかっちゃいました。


 : 「ここは胆のうね。
     この上からぶら下がっているのはポリープ。
     大きさは3.8ミリだから
     このまま様子見でいいでしょう。
     この先大きくなって1センチを超えるようなら
     手術を考えましょう。」

 : 「わかりました。
     ところで先生、このあいだ指摘された胆石は
     どうなってますか?
     あのあと薬は飲んでますけど
     やっぱり今もありますか?」

 : 「あるね。
     この白っぽく丸く見えてるのが胆石。
     これは今の薬を続けてもらって、
     この先痛みが出るようなことがあったら
     またそのときに考えましょう。
     じゃあ続いて胃カメラの準備に入りましょうか。」

 : 「あれ?
     胃カメラは11時半からでしたよね?」

 : 「あぁ、そうだったけど、
     まだ受付で聞いてもらってなかったのかな。
     このまま2時間も待つのはたいへんだから
     続けて検査できるようにしておいたから。」


これはありがたかったですね。

ということで処置室に移動。
今回は鼻からの胃カメラにしたので
鼻に麻酔薬を流し込んで
麻酔が効いてくるのを待ちます。

薬が効いてくると検査室へ移動。
検査が始まります。


W先生に鼻からの胃カメラをお願いするのは
今回が初めてですが
口からの胃カメラ検査は何度か受けたことがあります。
でもこの日のW先生、
いつもの比じゃなく慎重に検査を進めています。

鼻から入れられたカメラは
食道の中を調べながらゆっくりと胃の中へ。

そして胃の中に入ると、


 : 「胃の痛み感じることない?」

 : 「いいえ、ないですけど。」

 : 「そうか。
     ここ見える?
     これ胃潰瘍ね。
     この状態、ふつうなら痛みを感じてもおかしくないんだけど
     痛くないんだね。
     悪いものではなさそうだけど
     念のために組織検査に出しておくね。」


そう言うと、潰瘍のあるあたりの組織を
プチっとはさみ取ります。
そしてカメラの向きをいろいろと変え
見落としがないようにじっくりと胃の中を調べます。


 : 「カメラ戻しますね。」


そう言うと、カメラは胃から食道へと上がってきます。

フツウならここで
「はい、じゃあカメラ抜きますね。」
で検査が終了するのですが、
何を思ったのか先生、再びカメラを胃のほうに戻します。


え? 終わりじゃないの??


 : 「もう一度見ておきますね。」


そう言うと再び食道の中を調べながら胃のほうへ。
胃の中も隅々までシッカリと見てくれています。

でもこれ、けっこうシンドイんですけど。
早く終わらないかなぁ。

そんなことを考えていると
カメラは再び食道まで上がってきました。


ふぅ~~。
これでやっと終了か。


と思っていると、カメラは向きを変え
再び胃の中へ。


え~~~~~っ!!


結局胃カメラ検査3回分を連続で。

最初の麻酔も含めて
検査台の上に80分間いました。

マジで疲れたよ。。。
                           (つづく)
 
(10)からどうぞ

PETはPositron Emission Tomography の略。
日本語にすると『ポジトロン断層撮影』。
がん細胞が積極的に糖を取り込む性質を利用して
ブドウ糖と結合させた、ガンマ線を発生する性質を持つ
薬液を体内に行き渡らせ、
その集積具合からガンのある場所や
悪性度を調べようというものです。

これでかなりの悪性腫瘍の場所と悪性度を
知ることができます。


ただPET検査にも弱点はあって、
もともと大量の糖を取り込む心臓や脳の腫瘍は判定できないし
早期の胃ガンは苦手。
腎臓や膀胱といった泌尿器系も苦手です。

じゃあ何の役にも立たないじゃないか!
などというなかれ。
全身のスクリーニングという点では
PETに勝るものはありません。
PETで何らかのガンの兆候が見られたら
あとはCTやMRI、内視鏡、超音波検査を併用して
細かく調べていくだけのことです。


PETの2つめの弱点は被爆。
ガンマ線を発生する薬剤を使うわけですから
被爆は避けられません。

ゆずの場合も検査技師さんから
検査当日は新生児と妊婦さんには
近付かないようにとの注意を受けました。


そしてもう一つのPETの大きな問題点。
それは『費用が高い!!』

一部健康保険の適用にはなっているのですが、
ゆずのような腫瘍マーカー値が高いだけというのは
保険の対象とはならず、
1回の検査でかかる費用は10万円。

まぁいいんですけどね。
これで腫瘍マーカー値を上げているものの正体が
わかるのなら。


とにかく正体不明の『何か』の正体を見極めたい。
見極めたうえで、積極的に闘いたい。
たとえそれが命の期限を切られることであっても
宙ぶらりんはイヤ。
そのための最短距離がPETなら
費用など気にはしません!!


こうしてPET検査を受けられることになったゆず。
これでずいぶんと気持ちが楽になりました。

この時は、
『PETでおそらくどこかにガンが見つかるだろう。
でも正体がわかれば闘いようがある。』
と思っていましたから、
これでやっとスタートラインに立てるという安心感です。


こうしてモヤモヤが少しだけ晴れた状態で
5日間の小旅行に出かけ
気分よく水都に戻ったゆず。
翌日にはPET検査を受けるためにS病院に向かいます。



PET-CT。
費用もかかるし予約もなかなか取れないし、
どんな大掛かりな検査なんだ?
と思っていましたが、
なんていうか・・・


拍子抜け。


痛くも痒くもありません。
検査着に着替え、注射を1本打たれただけ。
この注射液がガンマ線を出すという薬液です。

注射のあとは約1時間、
500㎖のペットボトルの水を飲みながら
薄暗い部屋のリクライニングシートで安静を保ち
薬液が全身に行き渡るのを待ちます。

そして1時間後、検査室へと移動です。


検査室の中は普通のCTの検査室と同じです。
検査台に横になると体をシッカリと固定され、
検査開始。
この検査自体も普通のCTと何ら変わりはありません。

かかった時間は20分ほどだったでしょうか。
検査終了後は検査着を脱ぎ、ふたたび安静室へと案内されます。
検査後の安静室は検査前と違って部屋は明るく
テレビも自由に見てくださいとのことでした。


30分後、検査技師さんがやってきます。
その日の注意事項として、
新生児と妊婦さんには近付かないようにといわれました。
検査のために打った注射のせいで
ゆず自身が『放射性物質』になっているということのようです。


このあとは会計を済ませ、帰宅。
結果がわかるのは1週間後。
Y病院のW先生宛てに郵送されるそうです。


さぁて、いったいどこにガンがある??
早く正体を現せ~~~っ!!
                           (つづく)
 
(9)からどうぞ

友人の強制執行で
鎌倉旅行を1日短縮させられたゆずですが、
実はこの6月下旬からの旅行に加えて
8月下旬には本家の『今年の豆腐』を実行するために
聖地訪問を計画していたのです。

でもCEA高値の原因がガンならば
聖地訪問どころではありません。
さすがのゆずも
『キャンセル』の文字が頭をよぎります。

でもだからこそ、
この旅行をどうするか決めるためにも
早急に動かなければなりません。
動いてハッキリさせなくてはなりません。



Y病院の診察は予約制です。
ゆずの次回の予約は入院予定の7月8日。

マーカー値が上昇している原因をつきとめるのは
背中の腫瘍の手術が終わってからでいい
というW先生ですが
でもそんなの待っていられません。
待ちたくありません。

原因がわからないまま
何もせずに2週間も待つなんて無理っ!!


ということで、予約ナシで
W先生を急襲します。


 : 「お尋ねしたいことと
     お願いしたいことがあったので
     予約外で来ちゃいました。」

 : 「大丈夫ですよ。
     どうしましたか?」

 : 「このあいだ肺のCT撮ってもらいましたよね。
     それでその結果は問題ないと。
     それでですね、その前にお腹のCT撮ってもらってますよね。
     その結果がどうだったのか聞きたくて。」

 : 「あぁ、あれは背中の腫瘍を診るためのCTだったので
     あれでは内臓の状態はわからないんですよ。
     時間あるなら今日これからCT撮りますよ。
     あ、造影剤は使ったことありますか?」

 : 「はい。
     何年か前に心臓の検査で
     造影CT撮ったことがあります。
     そのときは特に問題はありませんでした。」

 : 「じゃあこれから造影CTの予約取りますね。」

 : 「あの、先生。
     CT以外にも胃カメラもお願いしたいんですけど。
     来月5日に水都のTクリニックで
     先生に腹部超音波検査してもらうことになってるので
     それを胃カメラにしてもらうことはできませんか?」

 : 「そうか、どうせ朝から絶食なんだから
     一緒に調べられるといいね。
     ちょっと待ってね、Tクリニックに電話して
     同じ日に胃カメラもできないか
     聞いてあげるから。」


そう言うとW先生、その場でTクリニックに電話。
超音波検査の予約が朝9時なので
少し絶食時間が長くなるけど
午前の最後、11時半からなら
胃カメラもできるということで
ネジこんでもらいました。



自分で言うのもナンですが、
ゆずはけっこうマジメに検診を受けているほうです。
(決して検査オタクなのではありません!好奇心よ、好奇心!)
乳がんの超音波検査は半年おき。
子宮がん検診は年1回。
甲状腺と腹部超音波検査は半年おき。
大腸内視鏡検査は年1回。
脳のMRIは約3年に1回。
過去に手術を受けている関係で
眼圧のチェックは毎月で
視野と目のCTは半年おき。
腫瘍マーカーも年に一度調べています。

ね、マジメに受けてるでしょ。( ̄^ ̄) エッヘン


ただ、胃カメラだけは1年9か月のブランクがあります。
なぜかって?


実はゆず、理由はわからないけれど
過去3回、Hクリニックで
鼻からの胃カメラ検査を受けたあとに
ひどい腹痛と下痢、倦怠感に襲われて
寝込んでいるのです。

H先生はそんなことあるはずはないと断言しますが、
でも毎回、間違いなく寝込むのです。

そこで先生との交渉(?)の末
胃カメラは2年に1回でいいということに。
次回は今秋の予定だったので
1年9か月のブランクなのです。


この状況ですからね
いちばんアヤシイのはやっぱり胃ですよね。
ホントは大嫌いな胃カメラだけど
さすがに覚悟を決めました。
ただしいつものHクリニックではなく
W先生に胃カメラ検査を
お願いすることにしたのです。

よし。
これで胃カメラと腹部超音波の予約はOKです。


あ、この日受けた造影CTの結果ですが、
『ほぼ』問題なしでした。


『ほぼ』というのは、造影CTの結果には
腫瘍マーカーを上昇させる原因となるようなものは
なにも見当たらなかったけれど、
でも胆のうに2.7ミリの胆石1個を発見。
胆石のクスリを処方されることになったからなのです。
見つかってよかったといえばよかったのですが
なんかビミョ~~。


さてこれだけの検査を受けて
そのあとに胃カメラと大腸カメラ
そして腹部超音波の検査を予約しているわけですからね、
これで一通りのチェック完了かな。


・・・と思いたいところですが
でもやっぱりスッキリしません。


そこでW先生にお願いをしてみました。


 : 「先生、お願いがあるのですが。」

 : 「何かな?」

 : 「あの・・、PETを受けたいんです。」

 : 「PET?
     たしかにPET-CTなら
     全身かなりの精度で調べることができるけど
     費用かかるよ。」

 : 「費用は気にしません。
     とにかくスッキリしたいので。」

 : 「それなら僕が前にいたS病院に
     最近PET-CTがはいったから
     予約確認してあげるよ。」


と言うと、その場でS病院に電話。
最短で検査を受けられる日を調べてもらうと
なんと7月4日。

旅行社勤務の友人の職権乱用で
1日早くY浜から水都に戻ることになり
その結果できた何の予定も入ってない日。
偶然か必然か、
この日にPET-CTを受けられることになったのでした。
                           (つづく)
 
(8)からどうぞ

朝になりました。

昨日のことはみんな夢ならいいのに・・・。
そんなことを望んでみても
叶うわけはありません。
目の前には間違いなく15の数字の書かれた
血液検査の結果シート。
PCの検索履歴は
腫瘍マーカーに関するものばかりです。
朝からヘコむわぁ。。。


でもヘコんでいる時間はないのです。

実はゆず、
この直後の6月29日から一泊で
友人と鎌倉に遊びに行く計画を立てていました。
そのあとは彼女と別れ、ヤスカルの巣へ。
7月5日の新幹線で水都に戻る予定でした。


背中の腫瘍が見つかったあと
いつも新幹線の予約を頼んでいる
旅行会社勤務の友人に腫瘍の話をしたら
旅行なんかキャンセルして
手術に備えろとお叱りを受けたのですが、
切って取るだけの手術に
そんなの要らないでしょ!と
計画の変更や中止は考えもしなかったゆず。

でも事が腫瘍マーカーの異常値となると
単なる腫瘍の摘出と同じわけにはいきません。
どうするかなぁ・・・と考えていると
その晩突然、彼女がやってきました。

 : 「鎌倉の新幹線のチケットは
     キャンセルしておくからね。」

 : 「いやいや、行くよ。」

 : 「この状況でなにバカなこと言ってるのよっ!!」

 : 「でも行っても行かなくても
     なにも状況かわらないし。」

 : 「変わるでしょ!!
     すぐに大きな病院に行って検査受けてらっしゃい!!」

 : 「大きな病院に行ったって
     検査の予約待ちでかえって時間がかかるよ。
     大丈夫、自分で検査受ける手配するから。」

 : 「フツウは大きな病院に検査丸投げして
     全身くまなく調べてもらうものでしょ!」

 : 「うん。
     でも、それを自分でやろうと思ってる。
     いままで検査を受けてきた病院のほうが
     過去のデータと比較もできるしね。

     今日は大腸の内視鏡検査、予約してきた。
     腹部エコーは半年前に予約した検査が
     ちょうど7月5日にあるし。」

 : 「7月5日って、あんた4日まで
     Y浜に行くって言ってたよね。」

 : 「そうだよ。」

 : 「信じられない。。。
     あり得ない。。。
     とにかく旅行はやめて
     すぐに大きい病院に行くか、
     行かないにしても家で安静にしてらっしゃい!!」

 : 「無理っ!!
     やめるつもりはないから。」

 : 「まったくアンタって子は・・・。
     じゃあせめて1日早く帰ってきて
     5日の検査に備えなさいよ。」

 : 「1日くらいじゃ何も変わらないって。」

 : 「そういう問題じゃなくて。
     とにかく帰りの新幹線の予約は1日早めるからね。」

 : 「それって職権乱用!!」

 : 「うるさい! おだまりっ!!」

こんなやり取りで、結局4日に水都に戻る予定を
3日に変更させられたわけで・・・。
まったくアイツときたら
言い出したら聞かないんだからっ!!
(え? 類が友を呼んだのか??)
                           (つづく)
 
(7)からどうぞ

CEA15。
いろいろなサイトを見てみましたが
これは決して楽観できる数値ではないようです。

 CEAの正常値は5ng(ナノグラム)/ml以下
 5~10では悪性腫瘍の可能性あり
 10~20では悪性腫瘍を強く疑う(良性疾患はまれ)
 20以上で悪性腫瘍の転移を疑う

となっています。

正常値上限の5を少し超える程度なら
喫煙や糖尿病の影響も考えられるようですが
ゆずは該当しません。

サプリメント、特にプラセンタのサプリを飲んでいると
CEAが高くなるという報告はあるそうですが、
ゆずはプラセンタは飲んでいません。
何種類か飲んでいるサプリも
どれも何年も前から飲み続けているものばかりです。

過去の血液検査の結果シートを調べてみると
ちょうど1年前に腫瘍マーカーの検査をしていて
そのときのCEAの数値は1。
それ以前もいつも1以下の数値ばかりです。
だとするとサプリの影響も考えにくいですよね。

調べれば調べるほど不安は大きくなるばかりです。
どんどんと退路が断たれていくのを感じます。



病気に限らず
なにかどうしようもなく困った状況になったとき
ゆずは家族に不安をぶつけるようなことはしません。
親しい友人に対してもです。

家族に話して『正論』を返されると
ムカッとするし
友人に話して同情されるのもイヤ。

なので悩むのは自分一人で。
ある程度の覚悟と方向性が定まったら
家族や友人に『報告』するのが
ゆずのいつものやり方です。


今回もまずはちゃんと調べなきゃ、ということで
すぐにかかりつけの胃腸科Hクリニックに行き、
大腸内視鏡検査を予約しました。

CTで肺に問題がなかったということは
次に怪しいのは消化器ですからね。


Hクリニックでの検査の予約は
最短でも1ヶ月後しかとれなかったのですが、
やはり内視鏡検査を受けるならH先生がいいし
入院や他の検査で
1ヶ月なんてすぐに経ってしまいそうです。


この日HクリニックでCEAが15だったと伝えると
H先生、

 : 「そんなに高いの!?
     数字の見間違いじゃない??」

 : 「いいえ、間違いなく15です。
     ほら。」

そう言って持参した血液検査の結果シートを
差し出すゆず。

 : 「そうか、15か・・・。」


H先生、そう言ったまま黙っちゃいました。
やめてほしいわよ、そこで言葉を失うの。

 : 「まぁとにかく調べてみましょう。」

H先生、これが精いっぱいの言葉だったようです。



その夜・・・。


水都のゆず家では
ダンナさまもムスメも同じ部屋にいるのに
CEAに関しては一言も話しかけてきません。
努めて『平常』を保とうとしていたのでしょうか。

でもそんなダンナさまやムスメに
『平常』で返すような余裕はゆずにはありません。
そこには何度もため息をつきながら
ラインのメッセージを送るゆずの姿がありました。


この先どうするのか、
どうしたらいいのかの考えもまとまらないうちに
ため息まみれのラインを送り続けるなんて
いつものゆずにはあり得ない暴挙です。

今思うと、強いはずのゆずも
さすがにヘコタレていたようです。
                           (つづく)
 
(6)からどうぞ

麻酔科のT先生との面談を終え
外科診察室の前に移動。
名前が呼ばれるのを待ちます。

10分ほどで名前が呼ばれ、診察室の中へ。

ダンナさまがW先生と顔を合わせるのは
この日が初めて。
いっしょに手術の概要の説明を受け
よろしくお願いしますと挨拶をします。

手術自体は難しいものではありませんという先生の言葉に
少し緊張がほぐれます。


そう、ここまでは順調でした。
ここまでは・・・。



このあと先生の口から
驚くべき事実を告げられました。

 : 「手術は難しいものではないから大丈夫なんだけど
     ちょっと問題が出てきてね。」

 : 「問題・・・、ですか?
     何でしょう?」

 : 「実はね、前回来てもらったときに
     血液検査をしたでしょう。
     その結果が届いてるんだけど、
     ちょっと異常な数値が出ていてね。
     これ見てくれるかな。」

そう言って渡された
3枚の血液検査の結果シート。
正常値がズラリと並んでいます。

1枚目、大丈夫。
2枚目も問題ナシ。
そして3枚目。
1つだけ飛びぬけて高い異常値を
示しているものがあります。

 : 「ここ。 CEAが高いんだよね。
     それも15。」

CEA高値


CEAが何かを知っていたゆずは、
思わず息をのみました。

CEA。
ガンの腫瘍マーカーです。



落ち着け、アタシ。
冷静に、冷静に、冷静に・・・。


自分に言い聞かせて深呼吸。
先生に尋ねます。


 : 「それは体のどこかにガンがあるということですよね?」

 : 「まだそうと決まったわけじゃないよ。」

 : 「CEAって消化器のガンのマーカーでしたよね?」

 : 「CEAは腺がんのマーカーだね。
     主に肺と消化器の可能性が高いかな。

     でも食べ物やサプリメントの影響で
     数値が上がることもあるから
     とりあえずは今飲んでいるサプリはすべて中止して
     これから数値が上がっている原因を調べていきましょう。」

 : 「先生、CEAの正常値っていくつですか?」

 : 「正常値は5以下。」

 : 「だとすると15っていうのは
     かなり高い数字ですよね。
     サプリの影響でそんなに数値が上がることは
     あるんですか?」

 : 「そうだね。
     かなり少ないけれど、無いとは言えないよ。
     そこはこれから検査していきましょう。」

 : 「はい。
     でも先生、この状態で
     背中の手術はどうしたらいいんでしょうか。
     CEAが上がっている原因を調べるのと
     背中の腫瘍を取るの、
     優先順位が高いのはどっちでしょう?」

 : 「背中の手術は予定通りでいいよ。
     まずは腫瘍を取って
     病理検査に出しましょう。
     CEAはそのあとでゆっくり調べれば大丈夫だから。

     とりあえず今日は
     肺のCTだけ撮っておきましょうか。」


おそらくは肺の可能性が高いということなのでしょう。
すぐにCTが予約され、検査室へと移動です。


検査はものの10分ほどで終わります。
結果もすぐにわかります。

再度診察室に呼ばれ、先生から言われたのは

 : 「肺は異常がないようですね。」

ほっとしました。
でも同時に、
「じゃあ原因はどこにあるんだ??」
の疑問がわきあがってきます。

でもこの日の検査はここまで。
あとは手術の後でということで
病院をあとにしました。



この日ダンナさまの運転する車の中。
ゆずの頭の中には
いろいろな思いが渦巻いています。

言葉を発する気にはなれません。

無言のまま家に戻り
そのまま再び『検索魔』と化します。
                           (つづく)
 
(5)からどうぞ

一通りの術前検査を終え、
諸般の事情(主にゆずの遊びスケジュール)を考慮して
手術は7月9日に決まりました。
入院はその前日、8日です。


通常、手術1週間前には
麻酔科の先生との面談があります。
ゆずの場合は7月2日。
でも残念ながらその日をはさんで1週間ほど
ゆずは水都にはいません。
というわけで面談は
2週間前の6月23日となりました。



その6月23日。
面談には家族同伴で来てくれということなので
ダンナさまに休みを取ってもらって
一緒に病院に出かけます。


Y病院は決して大きな総合病院ではないのですが
常勤の麻酔医がいます。
ゆずの手術の担当のT先生は
麻酔医歴30年以上の大ベテラン。
これもゆずがこの病院での手術を決めた理由の一つでした。


T先生との面談では
まず手術の麻酔導入の手順について
説明があります。

手術室では酸素マスクをつけてもらうけれど
これは酸素が出ているだけで
麻酔薬は点滴で血管に入れること。
麻酔薬は全身に効くのではなく
痛みを感じる脳をマヒさせるのだということ。
脳がマヒ状態になると
呼吸ができなくなってしまうので
人工呼吸器につなぐこと。
その際には気管挿管をするので
手術後に管を抜いた後にはのどに違和感があり
声も出にくいということ。
手術を受ける本人は麻酔薬が入れられた瞬間に意識がなくなり
何の記憶も残らないこと。
術後は痛みがあるけれど
痛み止めでコントロールするので
痛みをガマンする必要はないこと。
・・・などなどなど。


続いてT先生から大きく口をあくように言われます。
思いっきり口を開けるとT先生が言います。

 : 「ゆずりはさん、顎関節症をやったことがありますね?」

 : 「はい。
     もう20年くらい前になるかと思いますけど。」

 : 「右の顎ですね?」

 : 「そうですが・・、そんなことまでわかるんですか!!」


挿管のときに口を大きく開けないといけないので
この質問をされたようですが、
これには驚きました。
日常生活では何の不自由も感じてない顎の関節。
見る人が見ると、左右の関節の動きに
微妙な差があるようです。


このあとT先生からの「質問は?」の問いには
質問はないけれど、
かつて腰椎麻酔を受けたとき
麻酔がなかなか切れなくて
無感覚のまま膀胱に尿が大量にたまり
腹痛(それも激痛!)に悩まされたことを
伝えておきました。

ま、今回は術後24時間は導尿カテーテルを使うので
その心配はないということでしたが。


これで麻酔科のT先生との面談は終了。
続いて主治医のW先生の診察です。
そしてこの診察で
驚くべき事実を告げられることになったのです。
                           (つづく)
 
(4)からどうぞ

この日Y病院では
手術に向けて必要な検査を受け
手術の日程を決めます。

この日受けた検査は、身体計測からはじまって
胸部レントゲン、腹部CT、肺活量検査、血液検査。

自分では思ってもみなかったたんだけど
ゆずの場合、肺活量が少ないらしく
何度も計り直しをさせられました。

何度目かのトライで
なんとか下限値をクリアーしたらしく
検査を担当した検査技師さん、

 : 「この数字ならなんとかいけますね。
     これでいきましょう。」

と言います。


でも・・・
ほんとうにいいのか、それで?
通常の状態だと基準値クリアーできてないんだから
数値捏造一歩手前な気がしなくもないんだけど。



それにしても、まさか肺活量が少ないとは
思いもしなかったゆず。


なぜだ??


でも考えてみれば、もう何年も
肺に負荷のかかるような呼吸の仕方や声の出し方なんて
したことがありません。

数年前の春、
その年は花粉の飛散量が多く
ゆずはアレルギー性の気管支炎を発症。
大きな声を出したり歌ったりして
勢いよく息を吸ったり吐いたりすると
咳き込んでしまう日々が続いたことがありました。
この症状は1年以上続いたので
たぶんその頃から『浅く静かに呼吸をする』癖が
抜けなくなってしまったのではないかと。

運動はケガしてやめてそれっきりだし、
子どもたちが小さいときは頻繁に『吠えて』いたので
それなりに大声を張り上げたりしていたけれど、
さすがにムスメもヤスカルもこの年齢になると
声を張り上げなきゃいけないことなんてないしね。

さて、どうしましょう。
手術までの1か月で少しでも肺活量を上げるには・・・


カラオケにでも通うか? 
 
それともダンナさまに吠えてみるか?




この日の腹部CTでは
腫瘍の正確な大きさがわかりました。
エコーで約60ミリといわれていた腫瘍は
94ミリ×76ミリの楕円形。
思った以上に大きく育っているようですが
皮下にとどまっていることも確認されました。


そして血液検査。
血液検査ではかなりの本数の血液が採られました。
そんなにたくさん血を採って、
いったい何を調べようというのでしょう。


でも・・・


実はこの血液検査の結果が
のちに問題を運んでくることになるのですが、
このときはそんなこと
知る由もなかったのでした。
                           (つづく)
 
(3)からどうぞ

「取ってください。」

即断で手術を決めたゆず。
そんなゆずにW先生は言います。


 : 「いいの? そんなに簡単に決めちゃって。
     ご家族に相談しなくて大丈夫?」

 : 「大丈夫です。
     家族には報告だけします。
     だってそんな正体のわからないもの
     いつまでも持っていたくないし。」

 : 「わかった。
     じゃあ明日Y病院に来てくれる?
     予約なしでも大丈夫なようにしておくから。」

 : 「わかりました。」


W先生は実はG市にあるY病院の副院長。
週に2回水都のTクリニックに
さまざまな検査のために来ているのです。


ゆずが初めてW先生の検査を受けたのは
もう十数年前。
当時は今のY病院ではなく
S病院の外科医をしていたW先生とは
もうかなり長いお付き合いになります。


W先生のいるY病院は
大きな総合病院ではありません。
そんな中規模病院で手術を受けるというと
10人中10人が言います。


「どうして市民病院とか大学病院とか
 
 大きな病院に行かないのっ!!」


でもゆずの背中の脂肪腫(たぶん)は
おそらくは皮下にとどまっている腫瘍だし
手術自体はかなり簡単な部類に入るはず。
大学病院なんかに行ったときには
間違いなく新人ドクターの練習にちょうどいい
症例になってしまいます。

 : 「Y病院なら脂肪腫だけでも300例の経験のある先生が
     執刀してくれるわけだから
     だからゆずは病院の規模じゃなくて
     ドクターを選んでY病院に決めたのよ。」

こう言うとみんな黙ってしまいますけどね。

はい、口だけは達者なゆずですから。



そして翌6月5日、
Y病院であらためてW先生の診察を受けるために
G市に向かったのでした。
                                   (つづく)